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地唄箏曲の作曲家リスト
近代邦楽期の作曲家

私共が平素、好んで良く弾いております地歌箏曲の作曲家を中心に何となく聞きかじって、ただ思いを馳せるだけの方々も含めて 近代邦楽期の作曲家をわかる範囲で、なるべく年代順になるように表にしてみました。

近代邦楽期(明治維新後) の作曲家名

作曲家名リストは上下にスクロールしてご覧ください。
名前を選ぶと作曲家詳細に移動します。
明治維新後、階級制度などが廃止され、新しい価値観が生まれました。新時代に即応した近代邦楽期の新作は明治新曲と呼ばれました。
作曲家名

菊植明琴

1835-1913(大阪)

楽曲

菊の朝、楠の露

バックグラウンド

初代菊植検校、2代菊沢検校に師事。
安政5年2代菊原吉寿一となり、文久元年菊植の2代目を継ぐ。養子に菊原琴治。
大正2年79歳で逝去。

同時代の有名人/興味深い出来事

坂本龍馬(1835-1867)

作曲家名

菊高検校

1838?-1888(大阪)

楽曲

御国の誉、新聞紙

バックグラウンド
同時代の有名人/興味深い出来事

徳川慶喜(1837-1913)

作曲家名

古川滝斉

1838-1908(京都)

楽曲

春重ね、面影

バックグラウンド

(ふるかわ ろうさい)
天保9年生まれ。

春重ね…三井家の後室の作唄といわれる。明治18年知恩院の歌びらきに発表された。

同時代の有名人/興味深い出来事

1841 <天保の改革>
老中水野忠邦が行なった幕政改革。贅沢を禁じ、芸事も厳しく取り締まった。

一般家庭で三味線を弾くことを禁止・寄席も制限・江戸町中にあった稽古所はみな閉鎖etc。

作曲家名

長谷検校

1842-1920(熊本)

楽曲

(尺八手付)
新浮舟、舟の夢
宇治巡り

バックグラウンド

熊本市鍛治屋町に生まれる。
三味線の名手。
長谷検校の名声で、九州の地唄箏曲の中心が久留米から熊本に移る。
義太夫を好み、義太夫三味線の音色に影響を受けて、それまでの京都柳川流の小ぶりな三味線を改良。撥を大きくしたり胴つりにも工夫。撥・駒・棹・胴の規格を統一して『九州三味線』を創作。
終生、熊本に住んだ。
1920年(大正9年)逝去。

九州系地唄を東京に普及させた。

門人に川瀬里子・宮城道雄・福田栄香・中島雅楽之都。

同時代の有名人/興味深い出来事

三遊亭圓朝(1839-1900)

1844 水野の失脚と共に、天保の取り締まりは、しだいに緩んだ。

ニーチェ(1844-1900)

作曲家名

菊崎検校

1845-1921(大阪)

楽曲

相生の曲 

バックグラウンド

相生の曲…明治36年(1903)に六段に打合せる為に作曲

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊塚与市検校

1846-1909(大阪)

楽曲

三の景色
明治松竹梅

バックグラウンド

菊仲検校門人。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

高野茂検校

1847-1929
(東京→鹿児島)

楽曲

大内山

バックグラウンド

鹿児島出身。
九州系。
熊本の本田勾当の門人。
1884年華族女学校箏曲科の教師として東京に赴任。
国風音楽会を創立。
流派を超えた音楽講習所をおこしたり、箏の交響楽を試みたりして明治17年から明治37年にかけて生田流に新風を送った。
明治34年東京を去って郷里の熊本に引退。
昭和4年83歳で逝去。
門人に、加藤柔子・鈴木湖村。

大内山…明治天皇の銀婚式のお祝いに作曲。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊末検校

1852-1892(大阪)

楽曲

嵯峨の秋

バックグラウンド

明治25年40歳で逝去。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

武内城継検校

1852-????

楽曲
鶴亀の曲、養老の曲、吉野天人の曲
バックグラウンド
同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

松坂春栄検校

1853-1920(京都)

楽曲

楓の花、墨絵の蘆

(手事と替手を補作)
春の曲、夏の曲、秋の曲、冬の曲

バックグラウンド

京都で活躍。

「楓の花」…明治30年頃作曲した明治新曲。作詞は幕末から明治期の歌人尾崎宍夫で、京都の嵐山を流れる大堰川の初夏の風物を唄っている。

同時代の有名人/興味深い出来事

1853 ペリー浦賀来航

作曲家名

寺島花野

1855-1920(名古屋)

楽曲

新高砂

バックグラウンド

箏曲家・胡弓奏者。
安藤検校に地歌箏曲・平曲・胡弓を学ぶ。
名古屋盲唖学校教員、国風会音楽会会長などを務める。
大正9年逝去。

同時代の有名人/興味深い出来事

平岡吟舟(1856-1934)
東明流の創始者。門下に五世清元延寿太夫・高橋栄清。作品「向島八景」など

作曲家名

西山徳茂

1857-1898(大阪)

楽曲
秋の言の葉
浪花土産

(箏手付)
松の寿、住吉詣
バックグラウンド
岡山出身。
明治初年に大阪に出た。
明治10年ごろに「秋の言の葉」を作曲。 明治31年逝去。

「秋の言の葉」…小督もの。
唄詞は岡山藩主池田茂政(1836-1897)(15代将軍慶喜の弟)の作。
同時代の有名人/興味深い出来事

坪内逍遙(1859-1935)
森鴎外(1862-1922)
黒田清輝(1866-1924)
夏目漱石(1867-1916)


1868 明治維新
横山大観(1868-1958)
1871 当道制度・普化宗ともに廃止

作曲家名

川瀬里子

1873-1957(東京)

楽曲
バックグラウンド

夫は初代川瀬順輔。
長谷光輝の弟子。
吉田久子に名古屋系の生田流箏組歌を学ぶ。
昭和22年里心会を結成。九州系の地唄箏曲を普及。
旧姓中山。熊本県出身。

同時代の有名人/興味深い出来事

島崎藤村(1872-1943)

<新歌舞伎>
岡本綺堂(1872-1939)

作曲家名

鈴木鼓村

1875-1931

楽曲

花売女、大原女
おもひで、紅梅、静

バックグラウンド

宮城県出身。明治8年生まれ。
国文学と八橋流箏曲を学ぶ。
陸軍軍人などを経て福井中学の教頭に赴任。与謝野鉄幹夫妻らと交流し、新体詩に作曲して新箏曲を提唱。1907年に箏曲「京極流」を名乗り、初代宗家となる。京極流はその後、福井の雨田光平が宗家を継いだ。
大正7年頃より「那智俊宣」と改名して大和絵を描いた。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

楯山登検校

1876-1926(大阪)

楽曲

時鳥の曲、金剛石
新巣籠、鶴亀の曲
水は器

バックグラウンド

明治新曲の代表的作曲者。
明治9年生まれ-昭和元年逝去。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊塚検校

(大阪)

楽曲

明治松竹梅
巌上の松

バックグラウンド
同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊武祥庭

(大阪)

楽曲

稚児桜
雲雀の曲
星と花

バックグラウンド
同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊原琴治

1878-1944
(大阪)

楽曲
春琴抄、秋風の辞、わだつみの、住の江の、菊の壽

(菊原四つ物)
摘草、最中の月、雲の峰、銀世界

(箏手付)
玉川、越後獅子、名所土産

(三味線手付)
六段、新高砂
バックグラウンド

菊筋の代表者として昭和初期まで活躍。
晩年は三味線組歌の保存と普及に尽力。
明治11年生まれ-昭和19年逝去。

同時代の有名人/興味深い出来事

与謝野晶子(1878-1942)

1879 文部省に音楽取調掛設置

<明治の美人画家>
上村松園(1875-1949)
鏑木清方(1878-1972)
伊東深水(1898-1972)

作曲家名

富崎春昇

1880-1958
(大阪→東京)
楽曲

楠昔話

バックグラウンド

富崎宗順に師事。
大正7年東京に移り、関西系の地歌を紹介する。富山清琴の師。
昭和33年逝去。節をより以上に面白く唄ったもの)という小唄の中から高尚な歌三首を選んで、雲井調に作曲したもの。

同時代の有名人/興味深い出来事
作曲家名

菊仲米秋

1883-1952 (神戸)
楽曲

雪の花

バックグラウンド
昭和6年日本当道音楽会本部長。
明治16年生まれ-昭和27年逝去。
同時代の有名人/興味深い出来事
1883 鹿鳴館開館
志賀直哉(1883-1971)
本居長世(1885-1945)
作曲家名

米川琴翁

1883-1969 (東京)
楽曲
バックグラウンド
米川暉寿(姉)・斎藤芳乃都・小出いとに師事。
大正9年研箏会を創設。
岡山県出身。
同時代の有名人/興味深い出来事
<童謡詩人>
葛原しげる(1886-1961)
作曲家名

宮城道雄

1894-1956
楽曲

春の海…ほか多数

(箏手付)
こんかい
尾上の松

バックグラウンド
箏曲の現代化に貢献した作曲家。
生田流2世中島検校門人。
三絃は長谷検校に師事。

明治27年(1894)4月7日、外国人が多く住む神戸居留地に生まれる。幼少期は西洋の音楽ばかりに囲まれて過ごした。
8歳で失明してお琴を始める。
生家の事情で朝鮮半島に渡り、13歳のときから箏と尺八を教えることで生計をたてる。
明治42年14歳で処女作「水の変態」を作曲。
大正8年第1回自作箏曲演奏会で「吹雪の花」「秋の夜」「若水」「春の夜」「晩秋」「唐砧」「水の変態」「都をどり」を発表。
大正10年、新楽器十七絃を発表。
有名な「春の海」は昭和4年(1929)の作品。
昭和12年に東京芸術大学教授となる。

宮城のかいた楽譜(点字譜)は、五線譜ででも表記できるのが特徴。
日本的な雰囲気を残しながら、すぐに覚えることが出来て親しみ易い洋楽的なメロディの要素を加え、ハーモニーも意識して音を重ねた。音域を広げるための十七絃や大胡弓などの楽器も開発。新日本音楽運動と名付けられて一世を風靡した。宮城の作品は「新曲」とよばれる。
同時代の有名人/興味深い出来事

芥川龍之介(1892-1927)
1895 うた沢創始

1905 明治38年「当道音楽会」創立

1906 漱石「草枕」
1907 鈴木湖村「京極流箏曲」

1912 大正元年
大正8・9年ころ、ロシア革命や第一次世界大戦の影響もあって外国人の一流演奏家が大挙来日、演奏会を開き『洋楽ブーム』を迎える。

1926 昭和元年

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